顔面神経麻痺専門外来
ベル麻痺、ハント症候群の治療
顔面神経麻痺とは、顔の表情をつくる筋肉が動かなくなってしまう病気で、今まで、そのほとんどが原因不明とされてきました。しかし2011年、顔面神経麻痺 診療の手引というガイドラインが作成されるようになり、原因やそのメカニズムが解明されてきています。
当院では、顔面神経麻痺に対する正しい知識を習得し、最新の情報を取得するため、日本耳鼻咽喉科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会、顔面神経麻痺リハビリテーション技術講習会、日本顔面神経学会(旧:日本顔面神経研究会)、全日本鍼灸学会に参加し、そこで得たものを治療の現場にフィードバックしております。
鍼灸は、一般の方からみればまだまだ認識の少ない分野です。その影響もあり、現在、顔面神経麻痺の治療で鍼灸院へ来院される患者さんの多くは、第一選択として鍼灸治療をしておらず、発症から3ヶ月以上経過した方ばかりです。病院での治療と同時進行で構わないので、1日でも早く鍼灸治療ができていたらもっと回復できたかもしれないのにと感じてしまいます。
そして、治療の現場で感じることは、人間の回復力は驚くような可能性を秘めており、この能力を最大限発揮するために鍼灸治療があるということです。顔面神経麻痺の治療に関しても、西洋医学の正確な評価法で悪い状況(発症1ヶ月で柳原法6点、ENoG 8%など)の場合、発症3ヶ月から鍼灸治療を開始しても、本人が日常生活に支障が出ない程度まで回復する事例が少なくありません。
顔面神経麻痺とは
顔面神経麻痺とは、顔の筋肉を動かす神経である顔面神経(がんめんしんけい)が急に機能しなくなり、あるいは徐々に機能しなくなり、目が閉じられなくなったり、口元が垂れ下がったり、お茶を飲んでも口元からこぼれたり、自分の顔が歪んでいるように見える病気です。
顔面神経麻痺を引き起こす原因となる病気のうち、約70%は、ベル麻痺とハント症候群です。
その他、真珠腫性中耳炎やその手術による顔面神経麻痺の障害(損傷)、糖尿病や膠原病の症状として現れることもあります。
ベル麻痺は、30代、50代に多く、ハント症候群は20代、50代に多い傾向にあります。小児においては男児より女児に多い傾向にあります。また、妊娠中、特に妊娠後期においてベル麻痺が生じやすいといわれています。
そして、妊娠中、出産後1年は出産による体力の消耗、抵抗力の低下から顔面神経麻痺や突発性難聴などの病気、症状が現れやすいので注意が必要となります。
ベル麻痺
ベル麻痺とは
ベル麻痺とは、顔の神経を動かす神経である顔面神経が急に機能しなくなり、まぶたが閉じられなくなったり、口元が垂れ下がったりする原因不明の顔面神経麻痺です。
顔面神経麻痺の中で、ベル麻痺の占める割合は、約55%と最も多くみられる病気です。
ベル麻痺の原因
ベル麻痺は、原因不明の顔面神経麻痺をさしていますが、以前より、血管説、アレルギー説、ウイルス説など推測されていながらも明らかになっていませんでした。
しかし、近年、最も有力な原因として考えられているのがウイルス説です。
日本顔面神経研究会が提唱する顔面神経麻痺の手引き(2011)では、ベル麻痺の原因のほとんどがHSV-1(1型単純ヘルペスウイルス)としてあげられています。また、そのうち一部、重症になりやすい水疱の現れないZSH(無疱疹性帯状疱疹)が10〜20%含まれています。
ベル麻痺の症状
ベル麻痺の症状には、片側の、目を閉じられない、額にシワを寄せられない、頬を膨らませられない、口笛が吹けない、イーと歯を見せられない、お茶を飲もうとすると口元からこぼれてしまうなどがあります。
その他、舌や口の中で味覚が変わってしまう、涙や唾液の異常分泌という症状も現れることがあります。
ハント症候群
ハント症候群とは
ハント症候群とは、耳性帯状疱疹ともいわれ、片側の耳介、外耳道およびその周囲、もしくは軟口蓋(口の中)に痛みを伴う水疱(帯状疱疹)と共に、顔面神経麻痺と難聴や耳鳴り、めまいが現れる病気です。
顔面神経麻痺の中では、約14%の割合を占めています。
ハント症候群は、難聴も顔面神経麻痺も症状が非常に強く出てしまうため、完全には治りにくい病気で、発症から一日でも早く治療にとりかからなければなりません。
ハント症候群の原因
ハント症候群の原因は、水疱瘡(水ぼうそう)です。
多くは子供の頃にかかった水疱瘡のウイルスである水痘帯状疱疹ウイルスが神経節(神経細胞が集合している場所)にひっそりと住み着き続け、ストレスが溜まったとき、抵抗力が低下したときに再活性するからです。
ハント症候群の症状
ハント症候群の症状は、まず耳やその周りに鈍痛と共に水疱が現れます。同時に、高度(重症)の難聴やめまいなど内耳神経(第Ⅷ脳神経)に関係する症状が現れます。
また、顔面神経膝神経節に潜伏感染しているVZVが再活性することにより、顔面神経麻痺として症状を現します(第Ⅶ脳神経)。
症状が強い場合、主に顔の知覚を司る三叉神経(第Ⅴ脳神経)領域を侵し、強い耳の痛みや嚥下(物を飲み込む)痛を生じたりします。
麻痺の検査とその評価
顔面神経麻痺の検査では、40点法(柳原法)を中心に、House-Brackmann法、Sunnybrook法など、顔面運動の評価法によっておこなわれますが、麻痺の重症度と予後は必ずしも一致しないことがあり、完全麻痺の状態のなかにも予後良好の患者さんもいますので予後診断が必要となります。
40点法(柳原法)
40点法(柳原法)とは、顔面神経麻痺の症状が現れるベル麻痺とハント症候群の麻痺を評価する目的で作成された評価法で、顔面各部位の動きを評価し、その合計で麻痺程度を評価する方法です。
評価は、安静時の左右対称性と、9項目の表情運動を4点(ほぼ正常)、2点(部分麻痺)、0点(高度麻痺)の3段階で評価し、40点満点で10点以上を不全麻痺、8点以下を完全麻痺と定義しています。
あるいは、20点以上を軽症、18〜10点を中等度、8点以下を重症としています。
表情運動とは、額のしわ寄せ、軽い閉眼、強い閉眼、片目つぶり、鼻翼を動かす、頬を膨らます、イーと歯を見せる、口笛、口をへの字にまげる の動作のことです。
誘発筋電図(ENoG)
顔面神経麻痺において、神経変性の程度を把握する検査では、検査法の簡便性、検査時間の長さ、予後早期診断法としての正確性から表面電極による記録を用いた誘発筋電図(ENoG)が最も正確な検査法として用いられています。
しかし、神経変性は障害部位から末梢に進むために、発症早期には神経変性を正確に診断することはできません。
ベル麻痺とハント症候群の場合、障害部位は膝神経節であるが、電気刺激が可能な茎乳突孔より末梢において神経変性が完成するには7日〜10日を要するので、この期間には正確な予後診断はできず、それ以降の時期に検査が必要となります。
以上の検査法を利用して、顔面神経麻痺の病態を把握する目安は以下の通りです。
ENoG値 ≧ 40% {または40点法(柳原法)で発症2週間で20/40 点以上}
は軽症、発症1週間は著名な回復は起こらないが、4〜6週間で治癒し後遺症は残らない
40% > ENoG値 > 10% {または40点法(柳原法)で発症8週間で18〜10/40 点}
は中等度、軸索断裂再生繊維
1日1mmのスピードで再生し、表情筋に達する3ヶ月ほどで麻痺はある程度回復する。しかし、神経断裂繊維が表情筋に到達しはじめる4ヶ月以降に少し後遺症が出現する。
ENoG値 < 10% {または40点法(柳原法)で発症8週間で8/40 点以下}
は重症例、再生繊維が表情筋に到達する3〜4ヶ月以降に回復が始まると同時に病的共同運動や顔面拘縮など、機能異常あるいは後遺症も出現してしまう。
ベル麻痺とハント症候群の治療
ステロイド
顔面神経麻痺は、顔面神経管の中で膝神経節が炎症性神経浮腫、絞扼、虚血を起こしているため、これらの症状を軽減するステロイドを使用します。ステロイドは、顔面神経麻痺に対する治療の第一選択で、治療の推奨度もAになっています。
そして、上記以外に、神経再生を促進させるためのビタミン剤や血流循環薬を使用します。 急性期の治療目的は、どちらの疾患も神経の再生を促進させることではなく、変性を防止すること、そのために、一刻も早く、側頭骨骨管内(顔面神経管内)で起こっている炎症、浮腫を改善させなければなりません。
抗ウイルス薬
ベル麻痺とハント症候群は、どちらもウイルスの再活性によるものであり、HSV-1(単純ヘルペスウイルス1型)、VZV(水痘帯状疱疹ウイルス)、ともにウイルスの増殖を抑えるため、抗ウイルス薬を使用しています。
表情筋伸張マッサージ
表情筋伸張マッサージとは、神経断裂線維の再生過程で、迷入再生を促進させてしまう強力で粗大な随意運動や神経筋電気刺激(低周波療法)のかわりとして表情筋線維に対し水平に伸張する手技です。少しコツがありますので顔面神経麻痺専門家の指導が必要です。
※当院は、日本顔面神経学会、顔面神経麻痺リハビリテーション技術講習会に参加して適切なマッサージを指導することができます。
顔面神経減荷術
顔面神経減荷術は、真珠腫性中耳炎や側頭骨の骨折が原因の顔面神経麻痺や薬物療法の効果が見られない時などに手術治療を検討します。
顔面神経減荷術は、炎症によって腫れて骨の中で締めつけられ血流も悪くなった顔面神経を、主に神経周囲の骨を削ることで圧迫から開放して血流の改善を図り、神経の変性をくいとめて顔面神経麻痺を治療します。
顔面神経麻痺のガイドラインでは
発症1週間以降2週間以内の高度麻痺で40点法で8点以下、ENoG値で10%以下、内科的治療が無効であると判断された場合
※顔面神経麻痺診療の手引
とされています。
発症後2か月以上経過してしまった場合は神経が変性してしまうため、手術の適応にはなりません。
ただ、手術をおこなったからといって完治するわけでもありません。当院には、顔面神経麻痺やまぶたのけいれんなどのために減荷術をおこない、その後顔のこわばりや病的共同運動など後遺症でお悩みの患者さんが来院することがあります。もともと評価が低く、少なからず神経断裂をおこしているので、後遺症があらわれてもおかしくありません。
患者さんとしては、症状の改善、QOLの向上、安心を求めるのがあたりまえのことですし、少しでも改善を追求することが本当の医療であり鍼灸治療の役目だと考えます。
鍼灸治療
当院でおこなう、顔面神経麻痺に対する鍼灸治療は、発病してすぐの急性期から、数か月〜数年経過した状態でも治療対応可能です。
当院の専門的な治療は、最新の顔面神経麻痺ガイドラインに沿って行うため、損傷した表情筋、顔面神経に対して、髪の毛より細い使い捨ての鍼で優しく、より効果的に治療することができます。
麻痺に対する局所的な治療では、様々な検査結果を基準にしておこないますが、現在使用している、40点法やSunnybrook法の評価では細かく診断できません。そのため、当院では、患者さんが普段の生活で症状が気になる時の状態を聞き、治療前毎に確認しながらさらに細かく評価し、治療部位を変えながらおこなうこともあります。
また、禁忌となっている、迷入再生を促進させてしまう強力で粗大な随意運動や神経筋電気刺激(低周波療法)を顔面部におこないません。
低周波治療について
整形外科や整骨院、鍼灸院では、様々な疼痛などの治療法の一つとして低周波治療をおこなうことがあります。
低周波による神経筋刺激は、肩こりや腰痛、足の捻挫、腱鞘炎、五十肩など四肢体幹(手足と胴体)の筋肉に対して、筋収縮を起こすことで骨格筋の神経再生を促進させる治療法として有効とされています。
低周波以外に、骨格筋の神経再生を促進させる治療法として、強力な随意運動(自分で意識して筋肉を動かすこと)があります。
しかし、ENoG値 < 40% {または40点法(柳原法)で発症4週間で10/40 点以下} の顔面神経麻痺に対して低周波や強力な随意運動をおこなうことは、粗大で強力な筋収縮を誘発するために神経断裂繊維の迷入再生も促進してしまい、病的共同運動の原因になってしまいます。さらに、顔面神経核の興奮性亢進をいっそう促進して筋短縮による顔面拘縮を助長してしまいます。
もともと、人間は、まぶただけみても生理現象の一つとして、1分に10回以上、1日にすると10000回以上まばたきをしています。
そのため、何もしなくても1日中まぶたを酷使しているため、一生懸命顔を動かす練習をすることは麻痺を悪化させることにつながります。
また、顔面神経麻痺の予後診断法として最も正確な検査法であるENoGであっても、障害された神経を生検しているわけではないことから、当院では、ENoG値 < 40% {または40点法で発症4週間で10/40 点以下}より評価が高くても、表情筋に対して低周波治療はおこなわないようにしています。それは、神経断裂がゼロと確信できないこと、顔面神経麻痺以外の病気、症状に対しても、低周波治療より、鍼灸治療の方が効果的という理由があるからです。
麻痺の後遺症
顔面神経麻痺の後遺症には、
- 病的共同運動
- 顔面の拘縮
- ケイレン
- ワニの涙
- アブミ骨筋性耳鳴り
などがあり、麻痺発症6ヶ月頃から発症することが多いです。
後遺症の症状は、迷入再生による過誤支配や再生線維の髄鞘形成が不十分であるために非シナプス結合が原因です。
そのため、後遺症があらわれた場合、完全に治すことは不可能となります。しかし、鍼灸治療では、構造上治らなくても、患者さんが気にならないように症状を抑えることは可能となります。